臨機応変の言葉の無責任さは無限大

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「臨機応変」という言葉を巷でよく耳にします。

この言葉って素晴らしい音を醸し出していて、とりあえず言ってみた人は賢そうに聞こえがちですが言われた人はたまったもんじゃないという言葉ベスト3に入ると思います。

こちらの案件、○○なのですが△△の対応でよろしいでしょうか?

臨機応変でよろしこ

クズみたいなやりとりですね。

臨機応変は言うなれば最終手段というか、
「うーん、とりあえず臨機応変って言っておけばいいか!」感がすごいです。

今回は臨機応変という言葉の無責任さを解明していきましょう。

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臨機応変は具体的ではない

「臨機応変に対応してね」

これって全然指示になってないです。

いつも上司は「具体的に報告をしろ」等のたまうのに、指示は全く具体的にできていないですね。

臨機応変を訳すと
臨機応変に(上手くいかなかったら全部お前の責任にするけど)やれよと同義です。

実際仕事はイレギュラーなことが多いので全てに答えがないのは百も承知ですが、
臨機応変というすべてを網羅した魔法の言葉(のような)で考えるのを放棄するのはやめていただきたいものです。

実際に臨機応変が上手くいかないと

本当に君は柔軟性がないね

と言わんばかりです。うるせーよ、柔軟剤飲みましょうか?

臨機応変は人それぞれ違う

例えばですが50歳と30歳の臨機応変の感覚、つまり50歳と30歳の常識や価値観って多少なり違うのだからうまくいかないはずです。

むしろ同じ50歳同士で「これ、臨機応変に対応してもらっていいかな?」ってなっても上手くいく率は五分五分ではないのでしょうか。

自分の臨機応変があるのなら日々共有したほうが良い

臨機応変っていわゆる「常識を考えれば上手くやれるはずだから上手いことやっておけよ」ですが、日々その「常識」=価値観を日々部下に共有するべきです。

このパターンの事由が起きた場合はこうする等、いくらでもシュミレーションを行う時間は取れるはずです。

臨機応変は「アドリブでよろしく!」と同義

臨機応変はアドリブの丁寧語です。

人間は考えて行動することができる生き物ですが、どちらかというとプログラムで動くような面の方が大きいです。

経験や知識というプログラムで動いていて分からないものに直面したときに「なんとか上手くやれるだろ」だと大体失敗しますよね。

うまくいく時の場合は無意識でできるレベルの知識や経験が携わっているからこそです。

それに対してそこまでの知識も経験も手本もないまま「アドリブでよろしく!」と指示すると大体失敗します。

組織では十分な教育=プログラミングが必要なのではないのでしょうか。

作戦会議や準備をしないで試合に出れるか

話が少し変わりますが日本代表のサッカーの試合前に選手たちがアップもしないでミーティングでも監督が「今までの練習の成果を思う存分に発揮してこい!」等と激励だけをして、いざ試合が始まったらボロ負けして「準備が足りなかった」「相手のフォーメーションを把握できていなかった」とコメントしていたら「そりゃそうだろ」となりますよね。

というかそこまでいくとアホのレベルだなとみんな分かっているはずなのに、会社や仕事になるとこの「今までの練習の成果を思う存分に発揮してこい!」と指示をしてしまうのは何故でしょう。

臨機応変って言葉が悪いのではなく使う人が悪人

臨機応変という言葉自体はとても良い言葉です。

状況に応じた行動をとること。場合によって、その対応を変えること。▽「臨機」は事態にのぞむこと。「応変」は変化に応じる意。「機きに臨のぞんで変へんに応おうず」と訓読する。

引用: goo辞書

他にも「応用力がある」だったりポジティブな意味合いが強いですね。

臨機応変という言葉を使って「なんか四字熟語使っている俺かっこいい」とうまくごまかそうとするとボロがでるわけです。

そもそも四字熟語使う人なんてろくな人いませんからね。

俺たち以心伝心だよな

一期一会の出会いに乾杯

ろくでもないですね。

私的な感情ばっかで申し訳ないのですが勘弁してください。

もし臨機応変という言葉を使うなら「君は臨機応変に対応できて素晴らしいね!」等とポジティブな使い方をしてあげてください。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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